
この度、伝統ある第37回日本産科婦人科栄養・代謝研究会を担当させていただくことになり、大変光栄に存じます。
本研究会は1978年、妊産婦における栄養・代謝を中心として広く女性の健康維持と疾患治療に関する研究会として第1回会合が京都市で開催され、以後産婦人科領域における数多くの学会・研究会の中でも長い伝統を誇る学術集会の一つであります。
これまでの本研究会の歴史を俯瞰してみますと、発足から1980年代末頃までは妊婦栄養と胎児発育や妊娠高血圧症候群(旧称:妊娠中毒症)に関するテーマが中心でありましたが、1990年以降は分子生物学的アプローチの研究が進み、内容も生殖細胞や初期胚の発育環境など分子レベルの栄養・代謝研究が活発となり、時代ともに本研究会が大きな役割を果たしてきたことが伺えます。そして最近では、生殖免疫・内分泌学および周産期医学を包括する、いわゆるグローバルな視点を持った研究会に発展しております。そして最近の栄養・代謝研究は、これまで接点が乏しいとされていた循環器・免疫系や微量元素など、そして私どもの領域である産婦人科(性差医学)を含む形で大きなインパクトを与えており、今後ますます多くの研究成果が期待されております。
今回はこうした現在の趨勢を鑑み、生体にとって非常に重要な元素でありながら、これまで取り上げられる機会の少なかった「鉄(Fe)」をテーマの一つといたしました。
鉄(Fe)というと、多くの産婦人科医は「妊婦貧血」がイメージされ、「何を今さら」といった印象があるかもしれません。しかしFeは生体の弱アルカリ性の環境下ではFe2+とFe3+との間で電子を容易に受け渡すという性質から「酸化還元反応」を触媒する際に重要な性質を有しており、多くの生物種は地球に豊富に存在するFeを上手に利用して進化してきたと考えられております。
またFeは大気中の酸素(O2)と反応するとフリーラジカルの産生原となって、遺伝子をはじめタンパク質などに障害を与えるという細胞毒性も有しており、Feの有用性と有害性のバランスを正確に調整する必要性があり、最近ではFe代謝をめぐる新規遺伝子(Hepcidin 、Hephaestin、Ferroportin-1、Hemojyuvelin等))が発見され、研究が進展しています。
ところで、2010年小惑星探査機「はやぶさ」がITOKAWAから持ち帰ったサンプルの解析結果として2011年Science誌に掲載された論文は、私たちの体内に当たり前の様に存在するFeという元素は、実は地球に存在する経緯を含め、その起源は太陽系を含む壮大な歴史を考えなければならないことを示唆しております。
こうした観点から、本研究会では医学からは少し離れますが、「鉄(Fe)」という元素の起源を知る意味で、特別講演として東京大学准教授(固体惑星科学)の宮本英昭先生に「鉄−137億年の宇宙誌」というタイトルでご講演をいただくことになりました。またFe代謝の新規調節因子Hepcidinについて素晴らしい業績をあげられている川端 浩先生(京都大学大学院、血液・腫瘍内科学講師)に、「新規Fe代謝因子の研究と今後の展開」(案)としてご講演をいただきます。
この様に、「鉄(Fe)代謝」という一見地味なテーマを取り上げましたが、「宇宙論から遺伝子までを巻き込む、きわめて壮大な姿」が垣間見えるのではないか、すなわち現在は「Fe代謝研究のルネッサンス」とも言うべき時代ではないかという印象も持っております。
一方、本研究会のもう一つの柱である「産婦人科と栄養・代謝」に関しては、本学抗加齢・血管内科学教授の池脇克則先生に「女性と動脈硬化−脂質異常症の性差医療」についてご専門の立場からお話しをいただく予定であります。
現在、我が国には未だ震災の影響が残っておりますが、この第37回日本産科婦人科栄養・代謝 を、ぜひ活発な討論と先生方の研究発表の場としていただき、特に若手医師の育成および研究・臨床の発展においてお役に立てれば望外の喜びであります。皆様からの多くの演題とご参加を心よりお願い申し上げます。
平成24年11月 吉日
第37回日本産科婦人科栄養・代謝研究会
会長 古谷 健一
(防衛医科大学校 産科婦人科学講座教授) |